「天竺歴史的瞬間」/ Epos of Tenjiku

写真/ photograph
世界の歴史的瞬間をとらえた写真と、アートプロジェクト「天竺」のイベント時の写真を合成した。時代が躍動した歴史的瞬間を新たに塗り替えることによって、悲惨な出来事もプラスのイメージに変えていく。 「1945」270×390(mm), 「1945調印式」270×240(mm), 「1945年5月」273×242(mm), 「1939」286×406(mm), 「1946」273×393(mm), 「1961」338×104(mm), 「1963」175×125(mm), 「1876」150×106(mm), 「2014」250×200(mm), 「1887」290×260(mm)
glop show「亀崎せこみち」展(亀崎饅頭紀伊國屋本店/ 愛知県半田市亀崎一帯/2014)

「ヴィーナズ(瞬き)」/ venus(wink)

2008 - 2013
複数の妊婦の写真による合成写真/ Composite picture with the photograph of plural pregnant women/ h50×w3000×d3000×(mm), 映像 8分47秒 リピート再生/ Picture: 8 minutes 47 seconds (Repeat reproduction)
アダルトサイトから女性器と太ももの画像、wikipediaから臨月の妊婦の上半身画像をダウンロードし、それらを合成加工し印刷。 出産姿勢の妊婦のペーパークラフトを制作。こうして制作した、およそ1000個の妊婦のペーパークラフトを床に整列した状態で並べ、虫が床に留まっているかのように配置した。 他人の苦しみを本当の意味でわかってあげられない、楽観的性格を持つ必要性について。
「国際交流展TRANSIT2007 名古屋展」名古屋市政資料館/名古屋/2007), 「国際交流展TRANSIT2007 東京展」(Zokei ギャラリー/東京/2007), 「国際交流展TRANSIT2007 アメリカ展」(Miller gallery/ピッツバーグ/2008)

「ヴィーナス(breathingly)」/ venus(breathingly) 2010
布に印刷/ printed on cloth

(みのかも文化の森/ 岐阜/ 2010)
photo by Masami fuji

「ヴィーナス(揺さぶられる妊婦)」/ Venus(Extend)

h2100×w1800×d1100(mm), ミクストメディア/ Mixed media
人は生まれては死ぬ事を繰り返してきた。 進化なのか、退化なのか。前進しているのか後退しているのか、ただ浮いているだけなのか。アイデンティティの所在についての考察。 この作品は鉄のフレームにぶらさけられた妊婦が健康器具ロデオボーイの上で、30秒間揺れ30秒間停まる事を不定期にくり返します。
「名古屋造形大学大学院卒業展覧会」(愛知県美術館/ 愛知/ 2009)

「ヴィーナス」/ Venus

2009, エポキシ樹脂、写真

「他律の自立」/ Independence of the heteronomy

h150×w300×d900(mm) 16ピースの整列/ Standing in line of 16 pieces エポキシ樹脂
Position of mind is still not elucidated. Position of feeling is also not elucidated. Stimulations from surroundings move your feeling, and your mind would move your body. I have a doubt about that I think I own my body. Then I start questioning about a border of myself and a position of mind in my body. Is my mind in my cells, in my brain, or in my heart? Well, there should not be the ultimate answer to my question. However, I came up with a keyword “coexistence”.Living things’ basic activities are conducted with coexisting body and mind. There should be development in the society, if multi kinds of being living in a box. The keyword “coexistence” always exists in the creation of the earth, in cells, in human societies, or even in neighborhood activities.“coexistence” is a system which exist everywhere on the earth. There is my mind “I” in my body coexisting with a lot kinds of something. “I” am consisted of those coexistences. 意識の位置は解明されていない。心の位置も解明されていない。心を動かすのは外部からの刺激で、体を動かすのは意識である。体を自分の物だと思っている事に疑問を持った。そして、どこまでが自分自身であり、体の中のどこに意識があるのか。という疑問を持った。考えているなかで“共存”というキーワードが浮かんだ。生き物は体と意識とが共存して基本的な行動が成り立っている。他にも、一つの箱の中で多種類の生物が共存することで発展する世界もある。地球が出来たとき、細胞の中、人間社会も、近所付き合いも“共存”というキーワードが存在している。体の中には“私”という意識と、その他多くの多種類の何かが共存していて、“私”が成り立っている。
「国際交流展TRANSIT2007 名古屋展」(名古屋市政資料館/名古屋/2007), 「国際交流展TRANSIT2007 東京展」(Zokei ギャラリー/東京/2007), 「国際交流展TRANSIT2007 アメリカ展」(Miller gallery/ピッツバーグ/2008)


2006, h1800×w1800×d700(mm), ミクストメディア/ Mixed media, 映像 リピート再生/ Picture(Repeat reproduction)
身体や思考を動かしている意識の所在の考察。 この作品はへそ、耳の穴、つむじ、肛門を覗くとそれぞれの映像を見ることができます。


2006, ベッキヰとの共作, パフォーマンス, ミクストメディア
互いの身体にシールを貼り付けていくパフォーマンス。 言葉や呼吸など、目には見えない媒体によってつくられる個人領域についての考察。 There is spirit, and a body which wraps the spirit. And there are clothes, environment, and air which wrap them all. We give vent to words, breathe, and tell our opinions. We spread our range sometimes physically with actions, sometimes mentally with our self-assertion. If you spread your range, you always have to share the space with other people. We have to face with compromise or conflict each other.
glop show「美術系学生選抜展美系優秀」(春日井文化フォーラム/愛知/2006)